2019年01月28日

1/10-27のあれこれ。「青春ブタ野郎を必要と感じた人間はココロコネクトを読んで」

27日は雪のち晴れ。寒い。当初週末大雪が予報されていたが、それほど雪は積もらなかった。山雪型だったからだろうか。



久しぶりのあれこれ。

街なかにやよい軒が出来るらしい。富山市にも作って。
結局1,2話だけ観ただけ。

3作品4冊読み終える。

カントリーロード(=国道)

箱館戦争不可避。

最近、バイト先の退勤時間が近づくとこの歌が脳内再生されている。

日本の中間財が絶対的でなくなってきているというお話。工作機械ももう10年もすれば中国がライバルになるんじゃない?

かつめし食べたい。

美味しかった。寒い日に凄く合う。

2月ちゃんェ…

丸メガネの良さに気がつく。

デュエマは1〜15弾(ボルテックス進化)あたりまでやっていた。
基本光を含めたデッキ。グレナ・ビューレが好き。闇はほとんどしなかったけど、水・闇混合で、クリーチャーを手札に戻して呪文で手札破壊するデッキは大層嫌がられた記憶がある。

サンフェス参加します。詳細な記事は後日出す予定。

行きたい…(予算が…)

ローカルアジェンダ21がSDGsを実施する今、生きているのではないかという話。「SDGs未来都市」の文脈では出てこないけど。

カターレの胸スポンサーは現れるのか。

富大生による殺人未遂事件、それも駐在所襲撃という奥田交番襲撃事件を思い出すような事件が発生した。
犯行に及んだ人間が富大生だっただけで(しかも、精神的に参っていたらしい人間だったということで同じ境遇にあった自分としては多少の同情すらある。犯行そのものには賛同できないし非難するけれど。)、事件そのものには特にそれ以上の感想は抱かないのだけれども、キャンパスとその周辺によく分からん香具師が出現してる。

「抽選」に当選し、インターンに行けることに。
あと2社応募する予定である。

最近の暇つぶし。ただ、めっちゃ電池食う希ガス。

どうやって実装するのだろう。





観た
おもろい。


青ブタを読み終えた後、ココロコネクトを観始める。
ココロコネクト キズランダムEDが好き。

これを最初に観た時は確か中3の時だったと思うが、今見ると大分印象が違う。
そうなってるからね。

ポイントカードがあったが、どうやら金沢店独自のものだったらしい。

映像が綺麗。夜明けのシーンは息をのむほどの美しさ。

8番らーめんの宣伝アニメなのではないか?
今季はこれと上野さんだけで良い。





読んだ
完全に表紙買いだったけれども、続きがあるのなら読みたい。

1巻を読み終えた時点での評価は正直微妙だったけれども、この作品は「人が優しくなる物語なんだ」と気づいてから、2巻を読み終えたあとで評価は高まった。

大河内葵さんが素敵。
この本を買った当時、境界の彼方の名瀬美月に似てるし、なんか惹かれるあらすじだし、と思って購入していた。けど、次第に幼く描かれてる。





青春ブタ野郎好き、というか青春ブタ野郎を“必要とした”人はココロコネクトも観て・読んでほしい。きっと、必要としたものが得られると思う。



投稿した
構想から3ヶ月。



忘備録



ココロコネクト
第一印象は「ヒロネ先輩やんけ」。

これを読んでから『ココロコネクト』を読み始めたわけではないが、記事には全面的に賛同する。



以上。
posted by ふおん at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年01月10日

1/1-9のあれこれ。「新年あけました?」

9日は晴れ。非常に寒い。夜の入りしなには氷点下を記録。明日朝は地面が凍結していることだろう。

2019年に入ったというのに、普通の日記は投稿していなかったので、投稿。



和尚が2人でお正月
2019年を迎える。
芝寿しのおせち美味い。
初詣といえば菅生石部神社。加賀二宮らしい。
加賀温泉〜大聖寺駅は駅間距離長いから、IRに移管されたら敷地に新駅作って加賀二宮駅を作って欲しい。
呉羽駅前に神社があるということは知っていたが、来たのは初。正月や七五三の時は呉羽周辺によく看板が立っている。
朝乃山?と遭遇。

けいおん無料配信
まんがタイムきららを読み始めるきっかけがけいおん!だった。
全部見れなかったけど、懐かしいものを見た。中3時に、昼休みにけいおん!の音楽を後輩に流させたことを思い出す。


平成ネット史
よく行っていた児童館や公民館のPCで、フラッシュ倉庫を見ていた。
度胸試し、マッチョでポン、コメの相場ゲーム(名前忘れた)、シムシティみたいなやつ、プリクマー、オラサイト...etc.
善悪を判断する倫理が今以上に求められている気がする。


生物とは何か?という内容の番組であった。
『生物と無生物のあいだ』の中で印象に残っているのは、体の細胞は数日?数週?数ヶ月?で全部入れ替わっているのに、何故記憶は残っているのか?というもので、高2の時の総合(HR)の時間にそれについて考える時間があった。その時は、記憶が新しい細胞に継受されていっているからと答えた気がする。


1月4日の立山
年に数回レベルの綺麗な立山。



2019年冬アニメ
盾の勇者、ブギーポップ、えんどろ〜!、私に天使が舞い降りた!が気になっている作品。
私に天使が舞い降りた!は既に1話を視聴し、見ていこうかと。


青ブタの登場人物に関係するSAのうち、北陸道の南条SAと関越道の上里SAは高速バスの休憩地として利用した(降りた)ことがある。

とてつもなく便利。


#君・僕・死で文を作ると好みがわかる
「君」は人かもしれないし作品かもしれない。
いつか来る作品に消失に逆らうために、同人やその他の活動で作品を記録している節がある。特にユーフォの鳥塚ヒロネさんは原作に登場していないため数年後確実に消失しているであろうから、その存在を消さないためにも何かの媒体に記録しておくことが重要と思い同人で書いた。

いい曲。

OPが凄くいい。


書いた
2018年の記録。
2019年の目標。
マイWiki。
青春ブタ野郎で感じたこと、考えたこと。


双葉理央

以上。
posted by ふおん at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年01月09日

『青春ブタ野郎』と私。

青春ブタ野郎のアニメが終わり、そして原作小説も(幾つかの掌編小説と円盤に付いていたものを除いて)読み終えたので、『青春ブタ野郎』についての私なりの感想を書いておきたい。



原作を見ていなかった当初、桜島麻衣の認識問題という話を見て、青春ブタ野郎は何か哲学的な内容を展開していくお話であると思っていたし、個人の哲学や世界観に影響を与えた作品であるという点で評価していた。


しかし、原作小説を手に取り、読み進めていくうちに、『青春ブタ野郎』に対する評価は、当初抱いていた哲学的な内容ということよりも、思春期症候群に直面した彼・彼女らの境遇に、大学へ不登校だった過去や現在の自分を重ねて(自己投影して)、共感しているからであるからだと感じるようになる。

大学での不登校の始まりは、『おでかけシスター』における広川卯月の発言(学校に馴染めず「最初は、一日だけサボるつもりだった」)通りであるし、不登校から脱出しようとして久しぶりに出席しても梓川かえでが感じたように他者からの向けられる(と思いこんでいる)視線への恐怖は大学から自分を遠ざける原因であったし、また双葉理央のような人格が別れないまでも頭の中に対立する2つの存在(不登校を肯定的(楽観的)に捉える自分と否定的(悲観的)に捉える自分)や、そうなっている自分への強い自己嫌悪は、思考にノイズをかけ、不登校が長期化する原因であった。

また、梓川咲太が母親を無視していたことも、(生母と死別した後に)父親と再婚した継母と上手くいっていない、少なくとも「母」と読んでいない(思ってすらいないかもしれない)と重なるなど、登場人物の境遇とかなりの部分において重なっており、それゆえに登場人物に自己投影して共感へと繋がっている。

しかし、もしそれが『青春ブタ野郎』という作品への評価へと繋がっているとすれば、心に傷を負う出来事や、精神を病んでしまった過去がある経験が、登場人物への自己投影・共感することにより作品への評価を生んでいるとすれば、むしろ作品への共感や感動がなかった方が、はるかに幸せなのではないかと思ってしまう自分がいる。
考えるだけ無駄であるのに、「経験」をした故に作品に共感した幸せと、作品には共感しなかったけど「経験」がない幸せを天秤にかけて、果たしてどちらが幸せなんだろうか、幸せだったのだろうかと考えてしまう。

だけれども、共感しない幸せの可能性について考える一方で、「なかったことにしたい」とまでは思わない。作品に対する共感もそうだが、今自分が持っている考え方だったり、気持ちの持ちようであったり、他者への接し方であったり、今の自分を構成しているのは過去の出来事、それに直面した自分がいたから他ならない。豊浜のどかの言うように、「もちろん、『あのとき、ああすればよかった』とか、『もっとできることあったかな』とか、後悔はする」ことはあるけれども、今の自分を完全に否定してまで、過去を無くしたいまで思わないし出来ない。しなくていい苦労も数多く経験しているが、今の他人への理解しようとする優しさを生み出しているのであれば、それで十分である。



『青春ブタ野郎』は、思春期の少年少女の葛藤を描いた作品である。主な対象は思春期真っ只中の中高生なのかもしれないが、モラトリアムをいつまでも継続している大学生や社会人にも非常に有用であると思う。
それは作品への共感というよりも、登場人物のメンタリティ(私であれば広川卯月や豊浜のどか)に学ぶという点である。彼・彼女らが自己の問題に対してどのような心の持ち方で、どのように折り合いを付けていこうとしているのか、そこを見るべきだろう。



私は『青春ブタ野郎』を見てこのように感じた。



■追伸

登場人物への自己投影以外にも、もちろん登場人物が魅力的であるからだったり、『青春ブタ野郎』を最初に見た(1、2巻を読み終えた)時点でのように、読み手の経験に関係なく作品として優れているから共感していることもある。
けれども、全て読み終えた時点ではそれが忘れるぐらいに自己投影している部分が大きく感じられた。
posted by ふおん at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想・随筆