数年ぶりに映像として青ブタ成分を摂取出来て最高だった。久しぶりに藤沢に行きたくなりました。
(2週目の特典は花楓でした。)
映画『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』を観てきたので、その雑多な感想。
(※ネタバレ含む。原作もあるのでネタバレもクソもない気がするが)
冒頭、卵焼きのような甘々な、二人の幸せな世界が続く。
電車の中でのパートが夫婦のひとときみたいだと思っていたが、同じ車内に夫婦が映っていたのを見て、やはりこれは梓川夫妻(桜島夫妻)なのだと認識を改める。
その夫婦の問題のような形として花楓の問題が浮上する。
咲太の進路が話の中で出てきていたが、花楓もまた進路選択(高校進学)の時期に来ていたのだ。
思春期症候群から開放されたとはいえ、中学時代の辛い経験から人の目が怖く、集団の中で過ごせない彼女にとって、普通の選択である全日制高校に進学するのは難しい選択である。それ以外の選択肢もスクールカウンセラーは提案するが、花楓の意志は固く、全日制、それも咲太らが通う県立峰ヶ原高校を志願するのであった。
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大学時代、かなり長い間不登校になっていた時期があり、通学を再開するにあたって、「大学が全てではない、あるいは通学制の大学が大学ではない。(そういった選択もあるよ)」ということを大学のカウンセラーの方や、学部の先生から伝えられたことがあった。
卒業し、無事解決に至った今考えれば、確かにそういった進路も悪くなかったのかもしれない、と思う一方で、当時としては今の大学(大学名とか4大卒の肩書とか)をやめるデメリットや、普通ではない選択(中退して就職する)を取るデメリットが常に頭の中に存在しており、到底受け入れる事ができなかった。私も花楓が取ったように、普通の子になる(維持する)選択を取り、通学を再開したが、1年間通った後にまた不登校が再発し、再び1年間不登校になった。このこと以外にも、大学時代に取った選択について、あの時の最善は何だったのであろうか、と考えるときがある。
しかし、その後のシーン(通信制高校に通っているパンツはかないアイドル(づっきー)と花楓らが会話するシーン)にて、花楓の「通学制高校に通っていたの過去の自分と、通信制高校に通っている今の自分どちらが好きか?」という質問に対して、づっきーが「どちらも好き。前の私がいるから、今の私がいる」と答えるように、また、『おるすばん妹』にて、豊浜のどかが(「アイドル活動をなかったことにしたくなかったことはないか?(大意)」という咲太の質問に対して)「『あのとき、ああすればよかった』とか、『もっとできることあったかな』とか、後悔はするけど思うわけがない。そこにあったものが、今の自分を作っている気がする。(大意)」と返答するように、しなくてもいい経験や選択をして、大きく遠回りしてきたからこそ今得ている、感じていることが必ずあるように思う。
「青春ブタ野郎」シリーズの各登場人物に対する共感もその一つだろう。
今作『おでかけシスター』での広川卯月や、『おるすばん妹』での豊浜のどかが見せる、過去に対して折り合いをつけて現在、そして未来に向かって進んでいくスイートバレットのメンタリティや姿勢に対して只々敬服するばかり。最初に当該部分を読んだ時、とても救われた気持ちになった。スイートバレットと、青ブタ自体が好きな最大の理由でもある。
EDを迎える前に、鹿野琴美を駅まで送っていく際に、「湘北セミナー」と書かれた予備校の看板が見えたが、これは大学生編への布石、制作陣の続編制作意欲に疑いの余地はないと確信した。おそらくは、ランドセルガール公開後に何らかの動きがあるのではないか、と希望的観測している。
そう思う理由は他にもあり、今作にてスイートバレットのメンバー全員の声優が明らかにされたことからも言える。
(広川卯月:雨宮天、豊浜のどか:内田真礼、安濃八重:渋谷彩乃、中郷蘭子:鈴代紗弓、岡崎ほたる:高木美佑)
大学生編の第一弾となる『迷えるシンガー』(10巻、づっきー回)は、スイートバレットが話の中心にきており、当然のことながら、今作のようにグループでのライブするシーンも存在しており、スルーして触れないというわけにはいかないからである。
ランドセルガールで終わるのであれば、1期のアニメ放映時のように、別名で載せる選択もあったと思う。しかし、今作ではそれをせず、エンドロールやパンフレットに演者の名前を載せた、また新曲を2曲も出したということは、大学生編の制作が遠くない未来に存在している、という証左ではないだろうか。うん、きっと、そうだ。
言わずもがな、今冬上映予定の『ランドセルガール』も、ではあるが、その後の展開に対しても期待せずにはいられない。
■追伸
作中で出てきた願書より、作中の時間は平成27年(2014年)だとわかりました。(多分、原作にもあったかな?)
ということは、桜島先輩とは1つ違い、づっきーや双葉とは2つ違い(いずれも自分が年上)。過去問を解いている時に、スピンスピンしたり、数学でPATさんにであったり、英語のリスニングの電話番号でよからぬ想像したり、していたのだろうか。
あと、づっきーにお兄さんと言われたい人生であった。