2018年09月09日

鈴木大拙『時の流れ』編集ノート

ニコニコ、ようつべに投稿した、京町セイカによる鈴木大拙『時の流れ』朗読動画の編集ノート。
読みの参考になったら幸いである。

<ニコニコ>

<つべ>


主に、読みの記録。

・編集記録
>「川の水を山の上からでも見るやうなわけに話することは出来ぬ。」
<話する>
動画では「はなしする」とした。「はなする」?

>「すべて感覚上の経験は具体的で、それが一旦<思惟>に上せられると抽象的になると云はれる。」他
<思惟>
動画では「しい」としたが、仏教用語的には「しゆい」らしい。
また、学派によって思惟の読みが「しゆい」、「しい」と分かれるとの情報が。

>「時は前述の如く、白紙を瀑布のやうに拡げて居て、そこを歴史が或る<高処>から落ちて来る。」
<高処>
動画では「こうしょ」とした。
「たかみ」とも読めるが、立場ではなく高さであるため、「こうしょ」とした。

>「が、干物の押売をやる連中になると、その<禍>の及ぶところ誠に図り知るべからざるものがある。」
<禍>
動画では「わざわい」とした。参考にしたふりがな文庫では「わざわい」が圧倒的多数だが、「か」の可能性も否定できない。

>「歴史の<干物>、...」他。
<干物>
動画では「ひもの」とした。他に読ませるとすれば、「かんぶつ」、「ほしもの」等がありそうではある。

>「彼の<後へ>にくつついてまはつて居る。」
<後へ>
動画では「しりへ」とした。「あとへ」、「うしろへ」では少しぎこちない気がした。

>「「自然法爾」<底>なのである。」
<底>
動画では「てい」とした。
参考としたコトバンクに、
「種類。程度。中国で近世の口語に用いられた「…の」の意の助辞から出た語。現代中国語では「的」に相当する。」
とある。

>「孤行独往である」
<孤行独往>
動画では「ここうどくおう」とした。四字熟語としてはなかったが、孤行「ここう」+独往「どくおう」で。



戦前の文学は中国語からの流入が多い印象を受ける。
posted by ふおん at 01:41| Comment(0) | 編集ノート